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リレー小説
千葉大学文藝部で行っているリレー小説を公開しています。
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DATE: 2012/12/02(日)   CATEGORY: テーマ:月
リレー小説 二
 12/8更新                 執筆者 偽名人さん


 前金の百万円を受け取ったその日、ナインは誓約書に捺印した。その誓約書は難しい言葉で埋め尽くされており、自分なりに略解すると、以下のような意味になった。
『死んでも責任は取らない』
 
 自室。
 寝転ぶと白色灯の光が目映い。右手に握られた札束を翳すと浮かれた思考は急激に冷静さを取り戻した。
ナインは再思考する――前金でポンと百万を渡すような仕事なのだ。やはりそれ相応のリスクがあるのだろう、と。
死ぬかもしれない。自分は人で溢れた全世界のため、もとい金のために月の海に突撃する。そこには見たこともない地球外生命体が巣くっていて、餌である地球からの来訪者を今か今かと手薬煉を引いて待ち構えている。にもかかわらず、右も左も判別のつかない選ばれし十数人の精鋭は鉄砲玉のように飛び込んでその餌食となる。全世界が注いだ技術の結晶のような剣を持って必死に戦うのだけれど、隊員は次々に死んでいく。やがて自分一人になって、孤軍奮闘するも数の暴力には勝てなくて、袋小路に追い込まれて、そして――。
 想像逞しく、しかし、現実に起こり得ても何ら不思議ではない。
月の海はそういう場所なのである。
 置かれた身を理解したナインは突如として強迫観念に襲われた。何かをしなければいけない気がする。しかし、なにをしていいものかわからない。こうして横になっていることは時間の浪費のように思えてくるし、最善の努めのようにも思える。
 ウロウロと自室を歩き始める。ふと思う。
 ――俺は、本当に選ばれるだけの価値がある人間なのだろうか?
 那須野は言っていた。アナタには能力がある。だから是非ともその力を貸してほしいのだ、と
 ナインは改めて自己分析してみる。が、得心のいく答えは出せない。自分は確かに優れた能力を持つが、それでも十数人の内の一人に選ばれる程の人物だ、と自負するには遠くかけ離れていると思う。
 せめて、犬死にだけは避けたい。
 ナインはやるべきことを見つけた。箪笥の中を引っかき回して中学の連絡網を探し出す。三年二組。三良坂七海の名を見つけて、八年ぶりの電話を掛けた。

時刻は午後十時を十分ほど過ぎていた。
ナインは近くのコンビニに自転車を止めて、棒状の何かとパンパンに膨れた袋を肩に掛けて、街灯が照らす夜道を歩いて学校へと向かった。
校門はきっちりと施錠されていた。
まぁそうだろうな、とナインは思った。十時だし。近頃は物騒な犯罪も増えているし。セキュリティー対策を怠っているとPTAのヒステリックババア共はギャーギャー騒いで憤死するし。
かといって、回れ右をして帰宅する気は絶無に等しい。退けぬ事情というやつがある。
眼前に立ち塞がる通用門は乗り越えられなくは、ない。が、常夜灯の下に取り付けられた防犯カメラが一分の隙なくナインの愚行を観測している。強行突破して、警備部隊が来て、強面の大人達に囲まれて説教を食らうのは是非とも避けたい事柄である。
無論、ナインは対策術を有している。
やや駆け足で、鉄柵に沿って半周した。
学校の裏側に回ると一帯には金網と有刺鉄線が張り巡らされ、ナインのような侵入者を拒んでいた。が、いつの時代に穿たれたのか、部室長屋の真後ろその下方に直径五十センチほどの穴が存在している。
――あったあった。
穴はコンクリートの断片でカムフラージュを施されていた。変わらないな、とナインは思う。ここの生徒だった当時、この穴を通って盛った痴人共が学校を逢い引きの場として使用している、という話を幾度なく聞いた。何でも一番の人気は理科室で、試験管を使ったプレイが最近のトレンドなのだ、という話には馬鹿みたいに笑った。
コンクリートの断片を退かす。荷物を肩から下ろし、身を屈めて侵入する。続いて荷物を侵入させる。立ち上がり、両膝両袖に付着した土を払い荷物を再び肩に掛ける。準備が整う。部室長屋からテニスコートの側を通り、公立中学にしてはやや広いグラウンドを疾駆する。
投手の独壇場である野球部のマウンド。滅多に揺れないサッカー部のゴールネット。走り幅跳びに使用する砂場に栄光の架け橋となる鉄棒。何部の誰が引いたのかわからないグニャグニャした白線は散々に踏みにじられ、夏の夜の下ではまるでナスカの地上絵のように見える。思い出が前方から後方へと過ぎ去っていく。
何もかもが懐かしくてたまらない。が、この土を踏むのも恐らくこれが最後になるだろう、とナインは思う。ナインの母校、浅間中学校は残り一ヶ月も経たない内に廃校になる。
疾駆の先、目標は一階の男子トイレである。
誰が発見したのか知らないが、一階男子トイレのやや高めに位置にある窓の掛け金はユルユルで、数回叩いてやると簡単に鍵が外れることは知る人ぞ知る裏技だった。
目的地に着く。今のところ誰かに見つかった気配はない。左を見て右を見て、そして窓を見た。
想像より高い位置に窓はあった。
限界まで背伸びをして、プルプルと震える拳で窓をノックする。実に非力なノックだった。質より数で勝負する他ない、とナインは思った。
何度目かのノックで鍵が外れる音がした。
窓を開ける。縁に手を掛け、両腕に力を込めて、両足は地面を蹴った。肘が、振り上げた左足が縁に引っかかる。重力に体を引っ張られながらみっともなくよじ登る。苦闘を演じるナインの背中を肩に掛けた袋が激励するが如く波打つ。足、胴体、頭の順に男子トイレに侵入させ、縁から手を離す。
タイルと靴底が拍子を取る。響く靴音。
侵入成功。関門を無事通り過ぎた。ナインは窓を閉め、一つ安堵の息をつく。
最終目標地点は武道館である。
そんじょそこらの武道館ではない。ナインが中学生の頃、汗と涙を流した武道館である。
ナインは何だかワクワクしてきた。まるで敵地に侵入したスパイのように壁越しに敵の存否を確認し、まるでコソ泥のように忍び足を運ぶ。映画のワンシーンでも撮っているような気分になり、時折拳銃を構えるポーズをとってみたり独り言を呟いてみたりする。夜の校舎には男の気分を高揚させる何かがあった。
常に周囲を確認しながら廊下を疾駆する。教室前を通り、生徒会室を通り、保健室を通り過ぎた。
武道館。
掲げられている看板は今も昔も変わっていなかった。
ナインはゆっくりと、八年ぶりの空気を肺に取り込んだ。ツンとした汗の臭いがどこか懐かしい。ナインは暗澹立ちこめる武道館を慣れと感覚で歩く。
武道館は二分割されていて、入って左側が柔道部、右側が剣道部の活動域だった。
明かりをつける。
ナインは正座して肩から荷物を下ろす。袋を開け、取り出したのは剣道の防具だった。実に手慣れた手つきで頭にタオルを巻き、胴着、籠手、面を着けて、
「自己確認……ねえ」
 背後から聞こえる声にナインはそっと瞳を閉じ、耳を傾けた。
「噂で聞いたよ。剣道部時代には随分と名声を得たこと。その後ギャンブルに狂ったこと」
 三良坂は盛大に溜息をついた。
「アンタと出会ったのは中学生のとき。転校してきた私は中学当時最強とまで謳われていた。ところがさ、同じ部活に無茶苦茶強い奴がいたんだ。私も腕にはかなり自信があった方だけど、結局負け越したまま卒業しちまった。物凄く悔しかったけどさ、アンタ覚えている? 部活を引退するときにこう言ったんだよ」
 ――懐かしいな。
ナインは竹刀を手に、その声を聞き、そう思った。
「俺は世界一強い剣豪になる――ってさ」
 足音はナインに近づく。背中で確と気配を感じ取る。
 ナインは口を開く。
「風の噂で聞いた。この中学校で教師やっていること。剣道の顧問をやっていること」
「もうすぐ廃校だけどな」
「腕の方は?」
「この間、繁華街に巣くっていたとある組を壊滅させたなぁ……」
ふっ、とナインは鼻から抜けるような笑いを浮かべて立った。
「強いな……七海は」
振り返る。竹刀を構えて太刀先を真っ白な防具に身を包んだ三良坂に向ける。
「俺は人生の大半を剣道に費やした。多くの者と竹刀を交えた。だからこそ断言できる。今まで対峙した中で、七海以上の剣豪を俺は知らない」
 誉れを得た三良坂は表情を崩さない。
「――何があったのか、私は知らない。私はただ『試合をしてくれ』と旧友に頼まれただけだ。だが、これだけは言わせてもらおう」
 武道館に張り詰めた空気を、三良坂は揺らした。


「雑念は剣筋を鈍らせる……忘れるなよ」

 
 目の前にはナインが認める世界一の剣豪がいる。
倒さなくてはならない。二人の間には八年もの年月が流れ、過去の戦績などまるで当てにならないものとなっている。これ以上の自己確認は恐らく、ない。
竹刀がぶつかり合う衝撃音。裸足と床の摩擦音。打ち込む音。打ち込まれる音。
自分が十数人の内の一人に選ばれた疑問が、死ぬかもしれない恐怖が、三良坂と竹刀を交える度に霧散していく。
数刻が過ぎ、ナインの頭の中は真っ白になり、無我夢中に竹刀を振り続けている。

武道館の外、夏の夜の空は間もなく東雲の光に浸食される。

 本日、ナインは地球を旅立つ。向かう地は月の海である。



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