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リレー小説
千葉大学文藝部で行っているリレー小説を公開しています。
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DATE: 2012/12/25(火)   CATEGORY: テーマ:月
リレー小説 四
12/25更新                      執筆者 北川青さん

 三方を囲む壁は薄緑の色で、汚れひとつ見当たらない。天井は高く、目算して20メートルほどだろうか。やはり薄緑である。不思議なことは壁に囲まれているのに、視覚に不便がないことだった。まるで真昼であるかのようによく見える。かといって壁が発光しているようではない。いったい、これはどういうことだと顔をしかめたナインだが、自分が来た場所を思い出した。
 ――ここは月の『海』。常識の及ばない謎の空間。

「とりあえず、こっからどうするよ。一応少しだけ見てきたが、こんな壁が延々つづいているだけだったぜ」
 カジタが壁をこんこんと叩きながら言う。おどけているが、表情はどことなく硬い。緊張しているのだろう。右足が気味の悪い色した壁を勢いよく蹴る。コンクリートを蹴ったときのような鈍い音が響いた。
「見てのとおりこの壁はかなり硬い。あと新品同然のように傷も汚れもない。ざっと床も観察したが埃ひとつみつけられず、どこにも継ぎ目はなかった」
 あとそれから、とカジタは言葉をつづけた。
「どうやらここには空気があるらしい。もしくは、空気の代替物となりうる何かが」
 そういえば、とナインは口元に手をやった。そこではさも当たり前であると言うかのように、呼吸がなされていた。NASAから渡されたヘルメットも圧縮酸素ボンベも形すらない。
「……なんであれ、『海』の核らしい宝石を壊すしかないだろう」
 ナインがそう言うと、カジタは一瞬驚いたように目を見開き、ついで笑った。シャトル内で見せていた大げさな笑い方である。カジタはわざわざ腹に両手をあてて、「今、自分は笑っています」とアピールしている。
 笑い始めて数分経った頃、乱れた呼吸を整えながらカジタは言った。
「サトウさんさいこー。少しは動揺しろよ」

 動くべきか、動かざるべきか。問うたところで答えはひとつしかなかった。ナインが目覚めた場所は『海』が作り出した迷宮の袋小路であり、そんなところに留まっても目的とする宝石の破壊は達成できないというのが2人の共通認識だったからだ。また、ナインとカジタ以外の仲間はどうしているのかと考えることも無意味だった。小説なんかではたとえば主人公がピンチのときに助けに現れるのだろうが、いかんせんこれは現実だ。ご都合的展開はまずありえないと考えなければならない。
「NASAの言っていた化け物は見たか?」
「いんや、生物なんか影も形もない。そもそも本当にいるのかも疑わしいくらいに静かだったな。さっき言ったように汚れもない、傷もな。生物が生きているっていう痕跡がないんだ」
「不審な音は?」
「そうだな……サトウのいびきくらいかな」
 カジタは自分で言っておきながら吹き出した。ナインはそれを見てほんの少し安堵する。これから行動を共にする男が緊張状態であったなら、最悪の場合自滅する可能性があるからだ。そうなったらナインの身も危険にさらされる。任務の成功報酬が手に入れられなくなるかもしれない。
「それじゃあ、行くか」
 ナインは唯一壁がない方へ、先ほどカジタが歩いてきたほうへ歩き出した。カジタが楽しげに口笛を吹く。NASAが独自に開発したという宇宙服は船室内でも感じたが、なるほど着心地がよく、運動の邪魔をしない。

 一直線に続く通路を進めば、四叉路に行き当たった。京都の碁盤状の町並みのように、それぞれ垂直に通路が伸びている。どれも同一の薄緑の壁でつくられていて、一度迷えばそれだけで命の危機だ。
「そういやさ、サトウってなんでこの依頼受けたの? いくら金払いがいいって言っても、危険すぎるじゃん」
 カジタが今まで歩いてきた通路にナイフで一と印をつけながら尋ねてきた。なかなか削れないようで、何度も何度もナイフを走らせる。
「あ、ちなみに俺はね、面白そうだったから。ほら! 月ってだけで少年の冒険心がさ、くすぐられるというか、ワクワクするじゃん。しかもその正体が謎っていう、これは受けないといけないって思うだろ」
 そんな理由か、とナインは天井を見上げた。そこには真空の宇宙でもない、無機質な天井が広がるばかりである。金のためだという自分の理由もありきたりだが、カジタの理由はどう考えたっておかしいだろう。冒険心を満たすためだめに、わざわざ月にまで来て未知の生物と戦うというのか。
 そう考えたところで、ナインは目の前の薄緑になんともいえない嫌悪感を感じた。たとえて言うなら、度の合わない眼鏡をかけたときのような気持ち悪さである。ナインはさほど視力が悪いというわけでもないが、高校時代の、今はもう顔も忘れた同級生が言っていた言葉を思い出す。度の合わない眼鏡をかけると、視神経が痛んでいる感覚がして、ゆがんだ世界が見えるのだと。
 そう、天井の薄緑がぼんやりと歪んで見えるのだ。それに気づいた瞬間、ナインはカジタの首根っこを引っつかみ思い切り後方にジャンプしていた。その直後、つい一瞬ほど前まで2人が立っていた場所に、何かが落ちてくる。
 それは寒天のような透明の物体だった。ナインがこの物体はいったい何か、と見極めようとした直後、透明な物体に色がついた。赤、青、黄色、緑。原色を放り込んだかのような統一感のない色彩の羽、ごつごつとした肌に散見されるうろこ。それから真っ黒な熊に似た頭に巨大すぎる爪の生えた四肢。
 
 ――つまり、キメラがそこにいた。
 
 落下してきた直後、なぜ自分は正体を見極めようとしたのかと自分の行動を批判する。そうだ、ここは月の『海』。常識は通用せず、起こる事象はすべて依頼達成にいたるまでの障害物でしかないのだ。




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